風のしるし
一昨年の1月9日、フィンランド第二の都市タンペレのリサイタルで、プログラム最後の曲の最後の和音を弾いたあと、ステージで倒れました。脳溢血でした。前年末に演奏生活40周年記念のリサイタル・シリーズを終えたし、殆ど半世紀に近い自分の夢であったセヴラックのCDも完成したし、人生でやりたいことは一応やり終えたところで、倒れるべくして倒れたのかなと思います。あと1ミリでもずれていたら命を落したでしょう、恐ろしいことでしたと、専門の先生にいわれました。そうであったのかもしれません。病後の回復は奇跡に近いとこれも何人かの専門の方に言われましたが、その回復もここまでかなと思うことがしばしばです。ここまでかなと思いながら、またリハビリに一生懸命になりつつ、二年が経ちました。
病後1年7ヶ月振りにステージ復帰第一回の演奏会をしました。昨年の8月7日、オウルンサロ音楽祭でのことです。まだ右手が思うように動かないので、左手のみによる演奏でしたが、その時に思ったことを正直に申し上げます。病気で倒れてからも、以前のようにこの世界、自然には美しい、不思議な魅力を具えたことが数え切れぬほどあり、それはそれで自分の心を満たしてもくれたのですが、やはり演奏することには敵わないのです。一本の手でも描ける充実した世界に触れて、はじめて私はまだ生きている、いや、また生きているとしみじみ思ったのでした。
本日演奏する作品のなかで、間宮芳生さんの「風のしるし」についてひとこと申し上げたいと思います。間宮さんはこの数年、「風」にちなんだ曲(曲名)が多いのだそうです。「風のしるし」はアメリカ・インディアンの風の神。人が生れるときに体の中を吹いて命をくれる。その風の神の通ったしるしが指紋だという。つまり「風のしるし」は風紋なのです。病気から再起してのコンサートに「左手のための曲」を書いて欲しいという私の依頼に、間宮さんは「この作品は舘野さんの復帰への僕からのお祝い」と言ってくださいました。
間宮さんの曲は、私の心に生きる力を与えてくれましたが、多くの人々の心の中をも吹き抜け、命を呼び覚ましていく音楽だろうと思います。