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- 作品リスト 2025年版
- 作品リスト 2020年版 これまで舘野泉のために書かれた左手の作品
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左手の文庫
2002年の1月、フィンランドのタンペレ市でのリサイタルが終わり、聴衆にお辞儀をして数歩歩いたところでステージ上に崩れ落ちました。脳溢血でした。出血部がメスを入れられぬ部分であったため、自然治療を待つほかはないといわれました。右半身不随となり、リハビリに努めたものの、一度破壊された神経組織は元には戻りません。音楽に見放されたと思う日々は辛いものでした。
そんな私に転機が訪れました。長男がブリッジ作曲「3つのインプロヴィゼーション」の楽譜を見つけてくれたのです。第一次世界大戦で右腕を失った友人のピアニストのために書いた作品です。その作品を弾いたとき、氷が割れたのです。蒼い大海原が目の前に現れました。水面がうねり、漂い、爆ぜて飛沫をあげているようでした。自分が閉じ込められていた厚い氷が溶けて流れ去るのが分かりました。
音楽をするのに両手であろうと片手であろうと関係ない。左手だけで充分な表現が出来る。なにひとつ不足はない。そのことをしっかりと納得したのです。
2004年の5月に東京、大阪、札幌、仙台、福岡などで演奏会を開き、ステージに復帰しました。“左手のピアニスト”としてです。でも、私には左手だけで弾いているという認識は最初からありませんでした。皆さんに聴いていただいているのは、音楽そのものなのです。左手というのは、飽くまでも手段、方法にすぎません。
そうはいっても、左手のための作品が質、量ともに決定的に不足していたのは事実です。そこで、演奏家として心血を注ぎ、聴衆とともに生甲斐を感じられる作品を、ジャンルを問わず委嘱して、作品の枠を広げてゆきたいという思いが募りました。新しい作品ができると同時に、演奏の機会をつくること、楽譜を刊行することにより、いっそう広い層にわたるように努力してゆきたいと思うのです。
65年もピアノを弾いてきて、これほどまでに無心に音楽ができるなんて想いもしませんでした。弾けるということがひたすらに嬉しくて幸せでただただ夢中できましたが、最近、演奏会の楽屋には年輩の方に限らず、20代30代の若い人たちが悩みをもって訪ねてきます。原因不明の病で、右手が突然動かなくなってしまった才能ある演奏家や音大を目指している高校生が、左手の作品を探していると相談にきたり、左手だけでは受験者として認めてもらえないということを話してくれました。右手の自由を失い深刻な悩みをもつ若い世代にとって、私に何かできることがあれば、力になりたいと痛感しました。
私を病の暗い深い溝から導いてくれたのは、音楽でした。何十年も前にその時誰かのために書かれた左手の音楽であったのです。音楽を愛する人には、いつの時代もどんなことがあっても、音楽を心の糧に活躍してほしいと願っています。
「左手の文庫」は、そこからたくましい想像力が生まれ、自由な創造と可能性が広がってゆけばよいと願ってつけました。この活動にご賛同いただきご支援頂けましたら幸せです。
舘野 泉
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