音楽と生きていくことこそ己が人生
卒寿になった。人生90年、思えば長い旅をしてきたものだ。
ピアノを弾くことが人生そのものだった。年輪のようにそれは自分の中に深く刻まれている。世界中の作曲家が曲を書いてくれた。年輪を愛しむように共に生きてきた。今回の作品も皆そうである。
アイスランドを初めて訪れたのはインドの演奏旅行への2年ぐらい後だったから、今から43年前だったろうか。首都レイキャヴィクの空港に降り立った時、火星にでもついたのかと思った。樹も草もなく火山の溶岩台地のような荒涼とした風景が広がっていた。間歇泉や山の奥の壮大な滝を見に歩いたが、自然が大きく呼吸をし動いているようであった。
マグヌッソンの<アイスランドの風景>は音の数も少なく、孤独な音楽である。しかしその孤独をあるがままに受け入れ、自然と共に歩む音楽は美しい。終曲では時を超えた緩やかで何もない歩みが祈りのようにさえ思えてくる。
ノルドグレンがこの世を去ってから既に20年近い。彼の作品を演奏し続けて50年。その音楽を弾くたびに湧き上がる生命の力を身に覚え、私もまた生きていく。彼の語り部になったと強く思うのである。
彼が書いたピアノ曲はすべてラフカデオ・ハーン(小泉八雲)の怪談をもとにしているが、それらはすべて人の心の奥底に潜む情念や怨念、懐疑、愛しみなどである。
ティエンスーは自作の言葉による説明を一切拒否する。私も彼の音楽に関しては同感である。その音楽は鮮烈無比。そこに言葉はいらない。
私自身もあらゆる音楽と対する時は純粋に音だけの世界である。音がひとつ動くだけで苦悩と歓喜が背中合わせになっている。天国と地獄が実は隣り同士なのだ。
エスカンデにはこの10年ほど毎年新作を委嘱している。今年はラヴェルの生誕150年。ラヴェルに”Le Tombeau de Couperin(クープランの墓)”というピアノ組曲があるが、”Le Tombeax de
Maurice Ravel”(仮題)という曲をエスカンデに書いてもらっている。
来年の3月に世界初演する予定だ。ラヴェルに対する深い感謝と賛嘆の想いを込めてだ。ラヴェルの左手のピアノ協奏曲は最大の難曲のように言われているが、彼の他の作品と同様、あれほど自然で優しい(易しいではない!)音楽はないのだ。本当の意味で職人なのだ。
卒寿になって、サントリーホールでたくさんの方々の前で演奏をし、聴いていただけるなんて幸せなことは想像もしていなかった。感謝しかない。大きな会場でするリサイタルはこれが最後かもしれないし、引退というのもひとつのあり方だろう。しかし生命の炎はまだ燃えているのだ。
人生枯淡の境地なんて嘘八百。歳とともに色彩はより豊かに力強く光は明晰になっている。音楽と生きていくことこそ己が人生。どこまでできるかは”神の味噌汁”であるが、来年も弾くことがいっぱい!
また聴いてください。
舘野泉

11月2日のコンサート批評が以下に掲載されています。
「クラシックナビ」

アメリカの音楽メディア『Classical Voice North America』